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 モミのリースと休業中の札が掛かった扉を開ければ、グランドピアノの横のツリーを始め、元々クリスマス仕様の装飾がされていた一階フロアは、ささやかなパーティーを行う会場として整えられていた。客用の席を全て壁際に寄せて空けた場所には、六人掛け用のテーブルが置かれていて、それにクロスを掛けていたルカが帰宅した四人を迎える。
「お疲れ様。皆一緒に帰って来たの」
「ミクの手伝ってたクリスマスコンサートにも参加出来たんだよ!」
 リンとレンがカウンターに買ってきた物を置きながら楽しげに報告していると、奥の厨房からメイコが出てきた。
「あらみんなお帰り。ねえルカ、ちょっと聞きたいんだけど、これあなたが作った?」
 ルカを手招き、抱えた筒状の菓子缶を開けて中を見せる。カウンター越しに覗き込んで、ルカは首を横に振る。
「いいえ、ジンジャーブレッドマンなら昨日の内に焼いたけど、こんな風に焦がしていないし、入れ物も違うわ」
「やっぱり、ルカが失敗したのを仕舞っておく筈ないわよね。でも棚にはこれしか見当たらないし、ルカが作ってくれた方は一体何処に――」
 考えるメイコは、身を屈めてルカの後ろをそうっと通り過ぎて階段へ向かおうとしている二つの影に気が付き、それを呼び止めた。
「リンレン、ひょっとしてこれ作ったの、あなた達?」
 彼等は首をすくめた。気まずそうに振り返っての第一声は、ゴメンナサイ、だった。メイコは溜息を吐く。
「もう。どうして作り直す必要があったのよ」
「それが、食べちゃって……」
 私達じゃないけど、とうっかり続けたリンを、レンが肘で小突いて制するも、遅かった。その後ろでミクが首を傾げる。
「じゃあ、誰が?」
 それは、と二人とも渋ってすぐには答えなかったが、一度顔を見合わせた後、揃って思いもよらない名前を口にした。
「――サンタクロース」
 皆、目を丸くする。当然誰も納得する雰囲気でない中、レンは至極真面目に説明した。
「ほんとだよ、昨日、家の裏口で赤い服着てへたり込んでてさ、早く来過ぎてお腹空いたって言うから、厨房の棚に仕舞ってあったジンジャーブレッドマンをあげたんだ」
「それで代わりにって、手紙をくれて――」
 手紙、という言葉に反応したのはルカ。
「それ、もしかして昨日の夜カウンターの中に置いてあった、あの……?」
 リンとレンが頷くと、ルカは血相を変えて厨房の出入り口へ行き、その脇に置いてある封筒を手に取って裏返した。いつもなら、例の赤い印の手紙は郵便で店に届く。しかし今回のそれには、切手も、毎回引き受け先の異なる消印も、無かった。どうせ宛名の記載は無い、との諦念からその事に気付かずにいた自分に、彼女は失望する。
「帰って、来てたの……」
 そしてその人物はまたすぐに姿をくらまし、一日経ってしまった今、もう探せる距離には居ない。ルカだけでなく、メイコも、ミクも、カイトも、そう感じた。
「――あれは、ただのサンタクロースだよ」
 降りかけた沈黙を払ったのは、リン。
「うん。一日早く来ちゃっただけの、あわてんぼうのサンタクロース」
 レンも、皆が思い浮かべている名を出す事なくそう言い張った。
 その人の正体と、ここを訪れた訳。またその人とリンレンとの間で、どのような会話が為されたのか。それらは本人達にしか分からない。ただ、リンは次の事だけ語った。
「そのサンタ、ジンジャーブレッドマンをすごく美味しそうに食べてたよ。これだけでここが、良いお店なのがよく分かったって。気に入って缶ごと全部持って行っちゃった」
「だから夜中に内緒で新しく焼いたんだけど、上手くいかなくて、焦がしちゃうし、ジンジャーシロップはぶっちゃけちゃうしで」
 そう言ってレンはカウンター上の紙袋のひとつから、ジンジャーシロップの瓶を取り出す。メイコは今朝の件に合点がいった。
「それで、私にホットジンジャーを頼むのは避けたのね」
「作る時に、シロップが一瓶減ってるのが見つかっちゃうかもと思ってさー。ごめん」
 こっそり買ってきて返すつもりだったその瓶を、メイコの横まで戻ってきたルカに手渡す。彼女は光を透すその琥珀色を見つめた後、メイコの持っている缶からジンジャーブレッドマンをひとつ摘んだ。ちょい焦げのそれを齧って、寂しげに微笑む。
「――ほんと、クッキーから案外分かるものね。優しい子達が居る、良いお店かもって」
 事の真偽は定かにならなくとも、そこに込められた、誰を悲しませる結果にもしたくないという心に偽りは無い。そう思えただけで良かった。
 でもやっぱりちょっと苦いわ、と彼女が顔を伏せた時、不意に何処からともなく聞こえてきた軽薄な馬鹿笑い。辺りに漂っていたしんみりはげんなりに変わり、滲みかけたものが急速に乾いたルカの目を、ぱちくりとさせる。
「何、この声」
 思い当たったリンとレンがぽんと手を打ち、先程の買い物袋を二人でごそごそと漁る。
「あったあ!」
「買い物くじで当たったやつ!」
 袋から救出されて一層笑い声を高らかにしたのは、巾着型の笑い袋。シロップの瓶を出した時に中の品物が崩れてのし掛かり、スイッチが押されてしまったらしい。止まないそれに、思わずメイコが吹き出す。
「全く、サンタクロース相手じゃ怒るに怒れないし、笑うしかないわね」
「いいじゃん、笑っちゃおうよ」
「早くパーティー始めてさ!」
 弾けるリンとレンに、ミクも続く。
「そうだね、もうお腹ぺこぺこだし」
 皆頷いて、残りの準備をするべく忙しく動き出した。



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