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 支度の負担を減らすために、テーブルに並べる食事と菓子の殆どはカイト達が調達してきた出来合いの品で済ませたが、その分、パーティーの華となるケーキはルカとメイコが特に気合いを入れて作っていた。運ぶ途中の料理の匂いにも銀の食器の輝きにも心躍らせて、せっせと手伝ったリンとレンが真っ先に席に着く。次いでミクはリンの隣に、カイトはミクの向かいに座った。
 最後に、メイコとルカがワゴンでイチゴ山盛りの大きな大きなケーキを運んで来る。皆が手を添え、それをテーブルの中央に無事移し終えると、労いの拍手が贈られる中、彼女達は安堵してエプロンを外した。
 直径の異なる幾重ものスポンジで出来た段々に、生クリームの白い表面が覆い尽くされて見えなくなる勢いでデコレーションされたイチゴ。ツリー型と呼ぶべきかマウンテン型と呼ぶべきか、ともかくそびえる様に、リンが感嘆する。
「なんか、イチゴすごくたくさんだねー」
「この数だけ積もる想いがあってね。まだ足りないくらいよ」
 ルカの含みのある言葉を、リンはよく分からない様子で、ふうん、と流した。
「スポンジにめり込んでるのもあるけど……」
 デコレーションの際につい余分な力が入ってしまった部分をミクが指摘すると、メイコはからりと返した。
「いいのいいの、今から平らげて消化しちゃうんだから」
 ミクもまたよく分からない様子で、でも追求するのは野暮な気がして、ふうん、と流すしかなかった。
 メイコとルカは、カイトの隣に残った二つの席に落ち着き、ようやく乾杯となる。ミクとリンとレンは炭酸ジュースを、後の三人は酒の類を互いに注ぎ合って、そのグラスを掲げた。リンとレンが威勢良くクラッカーを鳴らし、メイコがケーキを切り分け始めると、やおら立ち上がったルカは改まりつつ冗談を交えて言った。
「後に回すと酔って忘れちゃかもしれないから、先に渡しておくわね。皆からリンとレンへ。メリークリスマス」
「やったあ!」
「ありがとう!」
 リンとレンは側まで持って来た彼女からその細長い封筒を受け取り、逸って中の紙片を取り出した。入っていた来年オープン予定の水族館の招待券が六枚あるのは、ここに居る全員の丸一日分の時間も、二人の希望したものに含まれるから。
「冬の水族館! ペンギンペンギン!」
「ショーもあるよね! イルカイルカ!」
 チケットで願いが叶って浮かれる彼等に、ミクは目を細める。
「私達も、二人に楽しみなお休みをプレゼントされちゃったね」
 パーティーを開こう、皆で出掛けよう、といった発案をするのはいつもリンとレンで、度々そのような機会をもたらしてくれる事を、彼女は嬉しく思っていた。この店で出会うまで接点など無く、性格も演者としての個性もてんでばらばらだった面々。しかしオーナーが失踪しても契約期間が切れても、皆揃ってここに留まり続けている今が在るのは、二人の無邪気な牽引によるところも大きい。そう感じるのだった。
 そのミクに、ルカが背に隠していたもうひとつの箱を片手で差し出す。
「それと約束通り、貴方へのプレゼントは私から」
「わあ!」
 礼を言い、早速リボンとベルの柄の包みを解く。皆が覗き込んだミクの手の中には、丸いガラスに収まった雪降る庭。
「可愛いスノードーム、嬉しい」
「雪だるまの親子がいるねー」
 顔をほころばせて隣のリンと一緒に、瞳の中でも雪をきらきらと輝かせる。
 レンがバケットのチキンにぱくつきながら尋ねた。
「他のみんなのプレゼントは、どうなってるの? ルカは誰から貰うの?」
「私は、もうメイコから貰ったわ」
 彼女は下ろしている髪を耳に掛け、金のイヤリングを露にして見せた。仕草の艶っぽさも合わせて、ミクはそれに憧れる。
「素敵、私にもそういう大人びたのが似合ったらなあ」
「ミクからは、カイトにだったわよね」
 ルカが聞くと、そうそう、とリンレンが話す。
「いつものと違うモコモコなコートだよ」
「いつものはペラペラだもんね」
 自分のお気に入りに対する言われ様に、カイトは鼻の下をこすってぽつりと返す。
「……あれは夏冬兼用なんだ」
 年中ほぼ着っ放しの彼の白いコートについて、何かこだわりがあるのだろうが真冬には少々寒そうだ、と誰もが思っていたので、皆今回のミクの選択を支持する。
 リンが口の端の生クリームを指で拭い、カイトの方を向く。
「じゃ、後はカイトからメイコにだけだよね。もう渡した?」
 隣に座るメイコも、彼を横目に見る。
「え」
「えじゃないよ!」
「忘れてないよね!?」
 リンとレンが身を乗り出すので、メイコがどぎまぎしてつい割り入った。
「私は無くたって構わないのよ、こうやってクリスマスを祝えるだけでいいじゃない」
「良くないよー約束だもん」
 まあまあ、とミクがリンとレンを宥める。
「今日の内に好きなタイミングでっていう約束だから、まだ時間はあるし、カイトも何か考えがあるのかもしれないから。慌てない慌てない」
 それもそっか、と案外すんなりミクの意見とご馳走を飲み込む二人。もう一度横目に見たカイトは気付いているのかいないのか、メイコの方を見返す事無くグラスに口を付けていて、彼女は持つまいと決めたはずの期待がいつの間にか胸で膨らんでいた事を、萎んでいく感覚によって知ったのだった。横のルカにぽんと肩を叩かれ、誤魔化すように大皿に盛られたリンレン作のジンジャーブレッドマンをいくつか口へ放り込んで、焦げの苦みを噛み潰した。
 他愛のない話に花が咲き、皆のお腹がある程度満たされてきた頃合。再びルカが立ち上がり、カウンターに置いてあった楽譜を取って戻った。
「新しく届いたこの曲、珍しく六重唱なのよね。今から歌ってみない?」
 例の差出人不明で届く曲に、店の演者六名全員で歌う事を想定したものはこれまでに無かった。各声部の譜を、それに適う声の持ち主に回す。いっとき、全ての者が凛とした歌手の顔付きになる。
 一通り読み終えて、ミクが呟いた。
「――私達のためだけの曲って、思ってもいいのかな」
「だとしたらこの六人だけのクリスマスには、ちょっと気の利いた贈り物かもね」
 メイコの言葉に、皆何も言わず頷いた。
 他の誰に聴かせる事も無い、彼等だけの曲。静かな夜、外から閉ざした世界で声の重なりによって生じた和は彼等の内で豊かに響いて、繋ぐ輪の存在を、確かなものとして感じさせたのだった。



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