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 普段なら喫茶は午後四時まで営業しているが、クリスマスイブの今日は十三時で終了となった。そのまま酒場の時間帯も休業。それは晩に内々でパーティを行うためで、カイト達の買い出しも、その準備のひとつ。
 店の扉と窓のブラインドを閉めて厨房に戻ったメイコは、首を傾げる。中ではステンレスの調理台に載せた仕上げ段階のホールケーキを前に、ルカが立っている。長い髪をうしろでまとめて三角巾を付け、片手に苺の入ったボールを抱えているが、ぼんやりとして手がすっかり止まっていた。
「どうかしたの?」
 問われるとルカは我に返り、別に、と苺をケーキの上に並べる作業を再開した。
 ルカが気落ちから散漫にもなるであろう理由は、出入り口脇の棚にぽいと置かれていた。メイコはその開封済みの手紙に気づき、手に取る。波と酒瓶を意匠した赤い印。度々店に届くその大きな封筒には相変わらず差出人が書かれておらず、中身も書簡に代えて、楽譜の束が収められているばかり。
「……クリスマスにも、帰って来る気はなさそうね」
 この店のオーナーは、彼等をフロアの舞台に立たす演者として集め、雇っておきながら、ある日ふらりと出て行ったきり。謎の仕送りと、彼の『匂い』を感じさせる新譜。届くそれらがオーナーからのものであるならば、どこかで生きてはいるのだろうが――。
 メイコは封筒を元通り棚に戻し、エプロンのポケットから取り出した、もうひとつの細長い封筒をそれに重ねた。
「例のチケットも、一緒に置いておくわね」
「それが願いの叶うチケットだったら、私もサンタクロースにもらいたかったわ」
 呟きながら並べる苺は淡々としているように見えて、数を追う毎に生クリームに押し沈められる部分が深くなっていた。
 そんなルカの鼻先に示された、ピンク色の小箱。不意を突かれたルカは顔を上げる。
「そこまで気の利いたサンタクロースにはなれないけど」
 ルカはボールを置いてビニールの手袋を外すと、メイコからその小箱を受け取った。
「開けて、いい?」
「もちろん」
 細いリボンを解いて蓋を開ける。中で金に光っていたのは、右側が月、左側がボールチェーンで揺れる星チャームの、イヤリングだった。メイコが微笑む
「今夜は初めて店を休んでまで開くパーティーなんだし、楽しくいきましょ」
 ルカは素直になれない部分を少しだけ溶かし、微笑み返してみせた。
「――そうね、そうするわ。ありがと」
 閉めた箱をとりあえずエプロンのポケットに納め、再び手袋をして苺を並べ始める。メイコも同じ身支度をして、その向かいから作業を手伝った。そういえば、とルカが話を振る。
「今年あなたにプレゼントをするのは、カイトだったわよね」
「うん、そう。でも、忘れてるんじゃない? 買い出しを頼んだのも忘れてたみたいだし。いつも何を考えているんだか、いないんだか、分からないし――」
 さして気にしていない風に答えつつ、彼女の並べる苺もまた、何故か数を追う毎に生クリームに押し沈められる部分が深くなっていた。
 メイコ、ルカ、ミク、カイトの間で、今年のクリスマスプレゼントは事前にくじ引きで渡す相手を決めていた。メイコはルカに、ルカはミクに、ミクはカイトに、そしてカイトはメイコに。クリスマスイブの内に、それぞれ自分の好きなタイミングで渡す約束。リンとレンにはその四人から、二人が希望したものを贈る事になっている。
 気まぐれに出て行って帰らない待ち人と、風が吹いたら何処かへ行ってしまいそうな同居人。
「……勝手だと思う側が、勝手なのかしらね」
「全く、何に振り回されてるんだか」
 その後、主語のない不満を零し続ける二人の手により、ケーキには苺が延々と盛られていった。



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