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   或る旅人の手記6・創造   画像で表示


 誰もが夢を見られても、その夢を具現して見せられるわけではない。才能に恵まれたとして、継続するのもまた難しい。夢の具現は魂の分与。その消耗に対し、見返りの幸福を求めてしまうためだ。期待する限り、星の銀貨など降らないのに。
 人が街が、目まぐるしく回る。靴と靴との合間で、落ち葉も煽られてからから舞っている。そんな只中にある、時間の外れみたいな雰囲気を醸す一角。絵を描く男の絵。僕の目はそのように風景を切り取った。画家は一心に筆を走らせている。忙しく擦れて色落ちする周囲に相反し、白のキャンバスは極彩色を得て、見た人を夢へ運ぶ翼になっていた。といっても、そもそもそれに気づく者はいない。画家のよれた背中は、しかし悲愴こそあれ、不幸を負っているふうには見えなかった。彼はその翼に乗って翔ける。光芒の尾は濃紺の空に飾られた神話を撫で、愛する人が隠れる国に、流星を注がせた。
 歩み寄りかけたが、僕は踵を返した。雑踏に紛れ、いつまで孤独に歌い続けられるかと自問する。所詮人は脆くて、いつ折れても消えてもおかしくないのだから。そう考えた時、逆に、そうでなければ魂を分けてまで形に残そうとはしていない事実を思い出す。
 願わくは僕の放つその翼も、僕のいなくなった後の世にさえ遠く遠く、翔けていく事を。


歌詞集「ことのおと」 物語の章より
チープ・ディープ・リップス
からくり時計と恋の話
星夜の騎馬
待宵の歌姫
暁の夢人
無名の画家、無題の絵画



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