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   或る旅人の手記5・抗力   画像で表示


 人間の身体は、抗う事で強くなるように出来ているという。骨は負荷がかかる事で硬さを保ち、筋肉は重力を受ける事で姿勢の維持に働く。瞼を持ち上げる力を得るためにまず必要なのは、身を起こしてそれの重みを感じる事である、と。精神もおそらくそれに同じ。ストレスに反発する事で、自分を一貫する『気概』を、初めて生じさせられるのだ。
 都の路上で旅一座の芸を眺めていたら、進行役から背負うギターに目をつけられ、唐突に踊りの伴奏を振られた。一座の側から放り出された踊り子は初々しい少女。大衆を前に即興の芸を求められて、今にも泣きそうな顔をしていた。僕が弾くのに合わせておずおずと踊り出したものの、あまりのぎこちなさに容赦ない野次が飛ぶ。客が去り始める。それでも仲間達は、誰も助けようとせずただ黙って見つめるばかりだった。これでもかと圧をかけられた彼女は、だが曲の転調を機運に、そのバネの肢体を跳ね上がらせた。きつく結われた髪が引き締めて見せる目元。舞うごと柔らかく流れる花びらのような衣装。それらを活かす、芯の通るしなやかな躍動が、場に見事喝采を呼び戻した。
 技はあっても今ひとつ突き抜けられない者を奮い立たせる。荒っぽいながら、一座のああした流儀なのだろう。彼女の笑顔と、それを迎え受ける仲間達の喜びようが、その日いちばんの報酬だった。



歌詞集「ことのおと」 奮起の章より
軍神オーディン
愚足武者



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