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 カーネリアの肖像画が知れ渡って以降、影響を受けて彼女を描く者が増えました。単に絵を模写するだけでなく、元の恋歌から躍動する様や表情までをも自由に想像して、実にたくさんの人があらゆる角度から細やかに描き込んでいった事により、人々の間にカーネリアという概念の形象が確立されていきました。宗教画として壁面に飾られていたり、娯楽として表示装置の画面に映し出されていたりして、街を歩けばどこかしらで姿を目にします。
 加えて『声』まで耳にし始めたのは、北の天極が白鳥に差し掛かった頃でしょうか。アイオルは最初、彼女恋しさのあまり、自分はとうとう幻聴が聞こえるほどおかしくなってしまったのだろうかと思いました。拾った無線受信箱から流れた声。その主を、カーネリアだと思ったのです。それは彼女の容姿から分析した情報を想像で補って再現された、機械音声でした。
 アイオルは、弾き語れなくなって鞄にしまった竪琴の代わりに受信箱を後生大事に抱いて、毎日毎日、いつ流れるか分からない彼女の声を待ちわびながら、放送で世の中の情勢を仕入れました。人々が渡り星を現存する天体と仮定し、回帰した場合に考えられる地球への影響を繰り返し検証している事も、それで知りました。
 地球や太陽に衝突したら。光芒の有害な物質が降り注いだら――。
 渡り星が人を滅亡させる可能性とそれを防ぐ手立てを、彼等は考え続けていました。しかしいつまで経っても確かな事は何も分からないため、人々は科学に頼る一方で、非科学的なものにも拠りどころを求めました。
 雲居なる宇宙の縁に人智の及ばない意思があるとする思想では、全ての彗星をそこからの使いとしていました。渡り星もその一つで、何らかの役目を負ったものではないか、と。
 そして一切の星巡りを律する意思への信仰が生まれ、救われたい人は自分の巡り合わせが良い方に取り計らわれるよう、熱心に祈りました。ただ何をもって『救い』とするかは、渡り星に対する個々の解釈によって分かれました。
 厄災と考える人にとっては、それを退けて今の時代が守られる事でしたし、試練と考える人にとっては、それを受けて次の時代の民に選ばれる事でした。
 この相反する思想と、更にどちらも否定して増殖する新興思想とがぶつかり合い、徐々に世の中を裂いていきます。カーネリアにまつわる話も数多く創作され、神聖視される事もあれば危険視される事もあり、アイオルは超常的な存在の裏付けをむやみと欲しがる人々や、各地でやたらと巻き起こり始めた紛争から身を守るため、入り組んだ地下に身を潜めるようになります。
 この頃になると、所によっては地下の随分と深くにまで、壕や街が築かれていました。多くが地下遺跡を改修したもので、どこも調査さえ済んでいない未開領域を無数に残している状態です。
 その領域に続く、脳髄のしわに似たコライの地下道をさまよう中で、アイオルはある初老の男と知り合います。立ち入り禁止の領域に研究室を設けて一人隠れ住む彼は、アイオルを人でないもの、と嗅ぎ分けられるまでの人嫌いでした。
 アイオルは匿ってくれた彼に対し、本当に久しぶりに歌を歌って聴かせました。狭く薄暗い部屋で、かつてない喜びと解放感を味わいながら。
 それに触れ、何を思ったのでしょうか。男はアイオルに協力を請い、彼の身体の素材や仕組みを出来得る限り調べると、作成した資料を基に自分の暇を潰してくれる機械人形を作る暇潰しをする、と語りました。
 
 世捨ての彼と別れ、再度アイオルが同じ場所を訪れた時、そこはすっかり街に侵食されていて、もう立ち入り禁止ではなくなっていました。男が死ぬほど嫌いだった人に、死ぬ前に見つかったか死んだ後に見つかったかは分かりません。ただ男の遺していった機械人形は量産され、人に寄り添う存在となっていました。彼等は使役され、時に暗い地下の、時に寂しい人の心の、より深い領域をひらく助けをしているのでした。
 人形達は文字通り人の形ですが、アイオルほど精巧ではない上に量産型で皆同じ見目のため、すぐに機械と分かる出来でした。でもその質は外観、動作とも、日進月歩の科学技術により少しずつ向上していきます。
 
 埋れているコライの建造物の調査や、環境の悪化で地上を追われた人々の居住空間を増やす目的で地面をほじくり返す際、人々は稀に、金属にも肉塊にも見える真っ黒で巨大な物体を掘り当てる事がありました。動かす事も切り出す事も敵わず、長く手のつけようがなかったその代物は、それが発する信号を感知し解読できるだけの文明水準に達する事が、利用を許される条件だったのかもしれません。
 地球上の他の何とも成分や組成を違える物質のため、宇宙から落ちてきた奇妙な残骸という意味で『アメノワタ(天の腸)』と呼ばれ、幾世紀にもまたがって研究されました。結果、その物質は物理的な加工はできないものの、電子的な呼びかけでなら加工可能なものに変化させられる事が分かりました。具体的には『機器』として扱い、解読した信号を用いて性質の詳細を入力すれば、必要に応じた量から、命令通りの特徴を備えた素材が生成できるのです。
 原理は不明なままながら扱えるようになった事で、それまで開拓を阻害する邪魔なこぶでしかなかったアメノワタは、途端に大変有用で希少な資源と化します。また不可思議な性質と宇宙由来の説から、信心深い人が人智の及ばない意思からの賜り物と捉えたのもあり、いろいろな意味で恩恵に与ろうとして、誰もが欲しがるものとなりました。
 渡り星が本当に存在しているのなら、地球に悪い影響が及ぶ前提で、他に類のない耐久性を実現できるアメノワタは、全て備えに活用されるべき。そう提唱する者はありました。しかし理想に反して現実に行われたのは、滅亡回避の望みを打ち砕く、私欲による奪い合いです。奪い取ったそれで兵器をこしらえ、また奪い合う不毛が繰り返されました。
 争乱の激化に拍車をかけたのが、新しく発見されたひとつの彗星でした。人々はその軌道を割り出すや否や、それこそが星遣らいの祭の時期に毎年出現する流星群の、起源の天体――渡り星に違いないと早々に結論づけ、騒ぎ立てました。とうとう滅びの時がやって来た、と。何千年も人を患わせ続けた不安の元凶は、まだ肉眼では観測できない遠くにいるうちから、彼等の精神を突き崩す衝撃を与えたのです。
 人々は自分の力が及ぶものに対しては極端に懐疑的かつ暴力的な一方、触れられず確かめようのないものに対しては思考停止してたやすく妄信してしまうという末期の状態に陥り、誤った信念にとりつかれた誰もが、全ては救われるためと疑わず、相容れないものをことごとく排する異常行動に出たのでした。



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