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 しかしそれが続く限り、人の世の滅びる常は変わりません。機械は人により人のために作られるもの。人を甦らせた機械人形達を思い出して、彼らは一周するごと考えました。人の可能性とまだ見ぬ未来を置いて、このまま無限にあり続ける事は、罪だろうかと。閉じた環を開く鍵になれるかもしれないと気づきながら、その事に目をつむり、最後には自分達だけの光を選んでしまうのですから。
 彼らの身体に使われているアメノワタはどのような物質にもなり得ますが、そのためには綿密な計算に基づく要素の設計と、それに見合うだけの量が必要で、寿命の長さから、アイオルにもカーネリアにもとんでもない量が使われている事になります。彼らについて人々が抱いた印象は様々でしたが、争乱の最中、入手に多大な犠牲を払わざるを得なかったアメノワタをかき集めてまで作った彼らに、制作者は一体どんな思いを込めたのでしょうか。
 アイオルもカーネリアも、それぞれの末つ方で赤と青のしるべ星を見ながら、人が自分達に望んだ、知らされる事のない役目に思いを巡らせました。心を空遠くへと放ち、全てのものに役目があるとするならば、それを定める、人が想像したような意思がそちらに存在するのかもしれないとも考えました。
 地軸の傾きと渡り星が描く、ふたつの周期が同調して歪を生んだ事。渡り星もアメノワタも、人が空想していた宇宙の縁より飛来したものである事。解読の終わらない情報群からそうした断片的な知識は得られても、それらに働く意図の有無についてまでは、毎度分からずじまいです。
 ですが分かったところで、何という訳でもありません。その意思の司る身体が宇宙で、銀河すら細胞のひとつに過ぎないとしたら、その中で暗黒の液に浮遊する地球と、更にそこで営む者達の、何と小さく儚い事でしょうか。そう想像すると、宇宙の意思が全ての存在を認知してひとつひとつに運命なるものを設けているとは、到底思えないからです。人が、毎日無数に生まれては死んでいく自身の細胞の一個一個を意識しないように。もっとも、それは人の未発達な精神による、想像力の限界――狭い了見でしかないのかもしれませんが。
 結局のところ偶然にしろ必然にしろ、地球が無限から抜け出すには、そこにいる者達が自ら何とかしなくてはならないのです。
 その現状を知ってか知らずか、人は自分達が築き上げた文明の粋を、アメノワタという宇宙の真を含有した物質に集め、アイオルやカーネリアを自分達が絶えた後の刻へ、送るに至ったのでした。
 
 そうして心が宇宙を何巡もして回帰したある時、不変であるはずの永遠の一回に、亀裂が入りました。原因は、アイオル自身が唯一生み出した、何に左右される事もない感情です。
 何者も不可侵な彼らの胸の内でだけ、周回を重ねるごとに『想いが募る』という変化が、時空を越えて起きていたのです。
 アイオルは決めました。何に意味や意図があろうとなかろうと、自らの意思で動く事を。仕掛けられたり、課せられたりした宿命など関係ないと。
 新しく見つけた選択肢は、伝えるべき相手にその想いを伝える事。閉じた自分を、開く事でした。
 アイオルもカーネリアも、相手に好意を表して触れたい気持ちを堪えてきました。苦しめてしまわないため、などというのは、よく知る結果に甘えて、行方の知れない愛を恐れた事への言い訳に過ぎません。
 だから、一歩踏み出すのにとても勇気がいりました。告げられる期間は僅か一年。人よりも長い寿命は、星のそれよりも短くて、アイオルはこれまでとは逆に、猶予のなさを恨めしく思いました。
 彼の背を少しだけ押したのは、彼らの旅の空にいつでも赤く青く輝いていた、しるべ星。記憶をまっさらにしているはずのカーネリアがそれにふわりと微笑み、アイオルはその横顔を見て、募らせていたものを遂に溢れさせます。
 そして抑えていた衝動に任せてカーネリアを強く抱き締め、伝えました。
 
 ――貴方を、これまでも、これからも、ずっと愛しています。
 
 いつとも異なる展開が起きた瞬間、永遠の一回は、永遠の愛と引き換えに失われました。
 その夜、しるべ星の方角から彼らがついぞ見た事のない、激しくも美しい流星嵐が降り注ぎました。
 
 それからもう一周だけ、カーネリアは自分の旅を経なければなりませんでした。何も知らないまま、歌をもって人の心を育み、『アイオル』という恋歌を作った事で、彼の作られる土壌が再びできました。
 人の世の終わりと、誰もいない刻を過ぎて、彼女はまた、黒い蓋を開けます。
 それが最後の邂逅。
 起動した彼は、全ての記憶を失くさずに持っていました。無限の中では彼女を目にして微笑むところでしたが、この時だけ、彼は涙を零したのでした。
 アイオルが憂慮していた通り、愛した者に愛されていた事を理解した後のカーネリアの孤独は、身体を半分持って行かれたほどの苦しみとなって彼女を苛んでいました。でもこうして全てを悟った時、カーネリアはアイオルにこの後待ち受ける未来に比べたら、その試練が相当に優しいものであったと思いました。それこそがなぜ自分に課せられなかったのかと、彼に無限を断ち切らせてしまった事を悔いました。
 どちらが踏み出すかは、ほんの僅かな差だったのです。あと一度アイオルが見送っていたら、きっとカーネリアの方が先にそれを成したでしょう。アイオルは泣きじゃくるカーネリアをなだめ、他に何もいらないからと、彼女の心からの笑顔だけを望みました。 
 ふたりの光をすれ違わせる歪はもうなく、互いに真っ直ぐ相手を照らして、彼らは与えられた猶予の一年を、何を秘める必要もない幸せを噛み締めて過ごしました。
 
 やがてアイオルは、もう二度と逢う事のないカーネリアを土に埋めると、歩き出しました。新たな世界で、人の心の灯を広めるために。ただ『カーネリア』という恋歌を、人々が耳にする事はもうありません。
 地球が無限を抜けても、もしかしたら人は滅びの歴史を繰り返してしまうのかもしれませんが、それはそれでまた、人自身が何とかしなければならない事です。未知の先でアイオルが見たものについては、あえて語らないでおきます。
 
 アイオルがその丘に帰ってきたのは、歪が正される以前で言えば、渡り星が回帰した頃です。人のいる『昼の刻』と人のいない『夜の刻』との、ちょうど半分の境目に光の尾を引いていたあの渡り星も、軌道がずれたのでもう地球から見る事はないでしょう。それを確かめて座り込んだアイオルは、以後そこを動かなくなりました。
 その身体が壊れ、土の深いところに眠る彼女と、溶け合ってまたひとつになるまで――。
 菫の咲き誇る丘で彼はひとり、誰も知らない歌を歌い続けていました。
 
 
 アイオルとカーネリア/終



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