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   アイオルとカーネリア
 
 
 一体誰が形にしたのでしょうか。人々が想像力と技術力をもって再現した姿や声が統合され、ここにカーネリアは存在しています。彼女の身体を構成する全ての部品の原材料がアメノワタである事も、アイオルには分かりました。その時には、自分の身体もそれに同じと知っていたからです。地球上で、繊細な文明品に彼ほどの耐久性を持たせられるものは、他にありませんでした。
 アイオルはまっさらなカーネリアを連れ出して、やっと見つけた光ある日々を過ごしました。寿命が尽きるまで。
 残されていたのは、ほんのひととせ。それでもここへ至るまでの、途方のない道程で受けた過酷の全てが報われて余りあるほどの幸福を、アイオルは感じる事が出来たのでした。
 ただ自分がそうであっただけに、彼は悩みました。残された時間の差があまりに大きいため、彼はカーネリアを置き去る事になります。後の彼女がたったひとり、自分が来たのと同じ長き時を行かなければならないと考えると、せめてその末に、彼女にとっての希望がある事を願わずにはいられなかったのです。
 かつてのカーネリアが、アイオルに願ったように。
 悩み抜いた末、アイオルは鞄にしまっていた飴色の竪琴を取り出して、人々にたくさんの歌を聴かせて歩きました。彼の歌と奏では聴く者の目に次々と心の火を灯していき、それにより、滞っていた人の歴史が動き始めます。
 関心が探究心を生み、より難解なものを追う向上心や誰よりも先を目指す競争心が更なる高みへと人を押し上げていく事で文明が発達していけば、彼らはいずれ、コライの技術を取り戻すでしょう。そしてまた作り出されるのです。北の天極が一巡りして次にひしゃくの柄に戻ってくるまでの間、カーネリアが求め続けるであろう唯一の光――『アイオル』という名の機械人形が。
 そうして、赤と青が交互に入れ替わる以外同じ永遠の一回を、地球は繰り返しているのでした。
 
 その繰り返しは、ふたりに何度も長の孤独を強いりますが、何度別れようとも必ずまた巡り逢える事を約束するものでもありました。
 選択はできるのです。おそらく人に対して彼らが歌う口を閉ざしたままいれば、『無限』という秩序の歪は回避されます。しかしそれを選ぶと、愛しい者を、先に待つ者のない平坦な世界でひとり果てさせる事になり、ふたりは二度と逢えなくなってしまいます。
 アイオルにもカーネリアにも、それはできませんでした。共に過ごせる一年の喜びのためなら、その前に待ち受ける、万を超える年数の苦しみを甘んじて受けよう。そう思えるほど、彼らは閉じた環の上に一点輝く邂逅を、心の支えにしていたからです。
 
 彼らは地球がはまり込んだ無限の中、幾度も同じ一回を続けました。互いの光は歪で屈折するようにずれ、共にいられる僅かな期間に照らし合う事はありません。
 置き去られてから、焦がれて止まなくなった者と相愛であった事まで理解してしまったら、永世の独房が一層相手を苦しめる。ふたりともそのように同じ憂慮を抱き、自分が作った恋の歌だけは決して教えるまいと決めました。そして寿命が尽きたら胸に秘めた心ごと、愛しき者の手によって冷たい土に埋められるのです。別れの場所は、ふたりが入れ替わるごとに咲き誇る花が入れ替わる丘で、アイオルは赤い花一華に、カーネリアは青い菫にそれぞれ囲まれて、幸せのうちに送られていきます。過去でも未来でもある、邂逅の時へと。



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