前の項へ戻る 次の項へ進む ★ アイオルとカーネリア・目次 小説一覧


   青を識す口碑 〜カーネリア編〜


 その朱(あけ)の髪と瞳をした娘は、長らくひとりでした。とある岩窟から通じる地下深いところで、真っ黒な箱に収められた一体の機械人形を見つけるまでは。それが、事の発端とも結末とも呼べる出会いでした。
 菫(すみれ)の髪と瞳。彼は、彼女が恋焦がれ続けた青年と同じ見目形をしていました。腕に嵌められた銀色の飾り輪にも『アイオル』という、その者と同じ名が刻まれています。
 知らなければ誰も人である事を疑わない、精巧な造り。箱を開けた事で遮断されていた時間に触れ、起動した文明の結晶は、初めて目にする彼女の表情を写し取り、微笑みました。
 
 彼女は人形に『カーネリア』と名乗り、共に地上へ出て旅の連れ合いとしました。かつて栄えた文明は、朽ち果てて傷痕のようになった不毛の地に瓦礫を眠らせるばかりで、そこに僅かに残された人々が、ようやく広がりつつある緑のかさぶたから恵みを受けて集落を作り、ひっそりと暮らしています。
 どこの者も人らしい感情を持たず、ただ生きて種を繋ぐだけの蠢く殻でした。そんな彼等に、カーネリアは飴色をした弧状の竪琴を奏で、たくさんの歌を聴かせて歩きました。どの歌も、遠過ぎて御伽噺にさえ成り得なかった時代の事象や人々の機微を、実に豊かに記録していました。彼女の歌と奏では聴く者の目に次々と火を灯していき、以降、人々は当たり前に隣に存在するあらゆる物事に、関心を抱くようになります。失われた時代の遺跡や発掘品を『コライ(去来)』のものと呼んで謎の解明に勤しみ、再現する事で、ある時点で止まっていた文明が発展し始めました。同時に代を重ねながら久しく一定の数を保っていた人口も、次第に増えていきました。彼女が歌をもたらした事は、星空の下、火を焚いて皆で歌う祭事となって後々まで継承されます。往時の人々を弔い、自分達の息災を祈るために。
 
 連れ合いを得たカーネリア自身も活き活きとなり、アイオルの目にも、旅の途の上に輝いて見えました。情操を芽吹かせた彼がこの世界で初めて美しいと感じたものは、彼女でした。
 カーネリアは計十二の集落を訪れて毎回異なる歌を歌い、寄り添うアイオルは、それらを正確に記憶していきました。
 カーネリアは本当に多くの歌を知っていましたが、一つだけ、決してアイオルに教えるまいと決めている歌がありました。それは彼と彼女に残された時間の差があまりに大きいため、後にひとりとなる定めの彼が知ってしまうと辛い感情が込められたもの。
 カーネリアはアイオルに、数多の歌がこれから時をかけて彼の『心』になっていく事、また、どんなに長くても尽きないものは無い事を教えました。
 そうして天球の星々がちょうどひと周りし、出会いの日と同じ位置に戻って来た時、彼女は彼に、次に巡り来る世に光を伝えて欲しいと告げました。その光が、行く末で貴方にとっての希望になるからと。暖かな光を帯びる飴色の竪琴をアイオルに託すと、カーネリアは敢え無くなりました。



前の項へ戻る 次の項へ進む ★ アイオルとカーネリア・目次 小説一覧