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   【00】ネーティバウラ


 始めに、これから語る一連の話において『彼』を唯一の者ととるか、十一個の別人ととるかは、あくまで聴き手の余地であるとして敢えてこちらで定めない事、悪しからず了承願いたい。


 さて――。彼がそこへ還ってきたのは幾度目だろうか。
 空の青と海の青とに焦がれ、渡り続けた白い鳥の君はようやく、世界の色そのものと相成った。
 存在としては、かつて愛した者達がいるのとはおよそ次元を違えた境地に迎え入れられた訳だが、残された誰しも、彼は森羅万象の理に倣って重しを外されただけの事で、思いさえすれば傍に在るものと知っている。
 土を歩き、心を旅し、実の内側でふっくりと育まれたその魂は、新たな命の種。果肉が爛れてもそれは腐る事なく、地に滴って水に変わり、風を編んで、芽吹きと躍動をもたらすのである。


 草の原に、子等が駆け出た。寝覚めたばかりの二人は、肌から肺から、潤沢な朝の光と緑の薫りをいっぱいに取り込む。
 それが身体を通し、歌となって出た。姉弟は互いの声に心弾ませ、更に歌う。そこに出来た小さな環は、そこかしこにある同様の島宇宙と共に、より大きな環に内包される。
「誰が作った歌かなあ?」
「誰に作った歌だろう?」
 知らずとも、一切は継承されていく。
 青と成り、またそこから紡がれていく。
 どこまでも繰り返す。
 だから教わらずとも、彼等は祈りの歌を歌える。それは調和して、郷に響き渡る。
 見上げれば、空を磨く幾重もの風。そよいだり荒れたりして、絶える事のない千古の流れ。
 ほんの一瞬肉体を得ていた時の自分を知る者達がいずれ、同じように形を失くしてしまったとして、それは果たして悲しい事だろうか。
「一緒でいられるの?」
「一緒にいられるよ?」
 姉弟はどちらからともなく手を繋ぐ。
 悲しい。寂しい。侘しい。恐ろしい。行く末に対しそんな気持ちがないと言えば嘘になる。けれど嘘などつかなくていい。ただ今は理屈に頼らず、環の片鱗だけでも感じ取り、少しでも穏やかになれればそれでいい。
 彼はそう伝え、見守っている。


 ここへ至るまでに、今や一続きの青と成ったその存在が、如何様な道を辿ったのか。
 それを語るのは、次からの機会に。



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