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 ◆初めに…


 このページにある小説は、「ソレイユ」という曲を基に書いたものです。
 原曲のイメージを損なわないよう心掛けたつもりですが、あくまで一視聴者による二次創作物です。
 ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

 原曲をご存知でない方は、読まれる前に曲の鑑賞をお勧めします。
 ニコニコ動画のアカウントをお持ちの方は、下記の動画へぜひどうぞ。
 (ご迷惑をおかけしたくないので、動画内での当ページに関するコメントはお控えくださいませ。)

 
 作詞作編曲:トラボルタP様



   ソレイユ


 かつての記憶など無かった。彼の喰らったものが、腹の中で彼の記憶を喰らったから。自分が、如何な経緯でこの没した世界に居るのか。なにゆえ死神などになったのか。最早それらを知ろうとする気さえ、数多の命とともに摘み続けた闇に、はらわたごと喰い千切られていた。
 彼は死なない。死そのものは死ねない。罪状を忘れても消える事の無い闇に投獄されたままで、二つの洞の淵より覗く瞳は、悲しみに満ちていた。
 その瞳を眩ませた者についても、いずこより出でて、また何故ここに忽然と現れたのか、彼には分からない。しかし他に誰も居なくなってしまったこの地に於いて、実際が何者であろうと関係なく、彼にとっては救いの主である事に違いなかった。
 佇んで輝く少女に、彼は暗がりから手を伸ばした。そして自身のその手に慄く。照らす光の下、それは指も皮膚も元の形を留めておらず、不浄の虫がたかって爛れ、へどろの如きおぞましいものと成り果てていた。益々絶望して、彼は、より暗い底へと自らをうずめていく。
 だが少女は、伸ばされたその醜い手をためらいなく取って彼を止めた。大丈夫だと微笑んで言う。私が、闇を引き受けましょうと。彼は、彼女の笑みに懐かしさを覚えた。
 手を引かれるも、ためらう。繋いだ手から、彼が姿を晒す事に恐れを抱いていると知った少女は、放つ光を増した。それが彼を包むや否や、許容を超えて彼を蝕んでいた闇が砕け、そこから無数の鳥が、噴くように飛び立った。
 死神だった者は、蝋みたく穢れを弾く真白い羽根をした鳥の群れと化し、もう何処へ行くも自由だった。だのに鳥達は彼女の頭上を巡るばかりで、一向にそこを去ろうとしない。
 過去の何もかもを失い、望まぬ事とて唯一の存在意義であった死神の責からも解放された空虚な彼に、行く当てなどある筈も無かった。既に十分な救いを与えたにも関わらず、少女はそれを見過ごさなかった。共に行こうと告げて彼女も飛び立ち、先を行って導き手となる。鳥達は少女に伴われて隊を組み、彼女の背で、眼下の星ひとつを抱かんばかりの大きな翼を模して羽ばたいた。
 そして、死神としての彼がこれまでに喰らってきたのに等しい数の闇も、拠り代を失って彼等の周りで幾重もうねっていた。それらは闇を引き受けると宣した少女の身体にすがり、次々と絡み付く。死して尚、空を汚し地を腐らすほどの怨嗟を吐き散らす自らの不毛さに、救いを求めて。
 救い切れる訳が無い。死神でさえ持て余したものを、けれども生身の少女はたった一人で、自分を求めて来るその全てに迷わず手を差し伸べた。彼女の身が真黒に埋め尽くされても闇は止まるところを知らず、容赦なく彼女になだれ込む。
 少女という明かりを遮られた世界は、暗幕で覆われたようになった。目では何も見えなくなったそこで、鳥達はどこからか映し出される、闇に喰われた記憶と思しき断片を見た。
 暗澹とした街の片隅で、一人の少女が身を横たえ、うずくまっている。彼女は誰にも気付かれないまま衰弱し、事切れようとしていた。それを迎えに行った彼が既に死神であったかどうかは定かでない。分かるのは、少女がやっと自分を見つけてくれた彼に微笑んだ事と、彼が、小さな命をひとつ摘み取った事だけ。それすら夢や幻かも知れず、現実にあった事とは証明出来ない。例えそこに、罪の因果が絡んでいたとしても。
 闇を引き受けた少女は昏々と深い夜に見紛う姿となり、とうとう力尽きて落ちていく。暗幕が破けて千々に舞う中、鳥達は空高く啼いた。光に満ち満ちていた少女に、消え入る寸前だった少女の像が結び付く。
 また、彼女を死なせてしまった。自分が留めておくべき痛みを被り、彼女はいつも死んでいく。そう嘆く一羽一羽の声は哀しくも美しいものであったが、数では表せないほど重なるとつんざく刃に転じ、その切っ先は、彼女を死に至らしめた闇へと向かった。
 鳥達は、蝕まれて冷たくなる少女の身体もろともそれを裂き、喰らっていく。白い羽根は、浴びた黒を吸い上げてすっかり染まり、空を覆い尽くしてまことの夜となった。天空は逆さの釜の如く、滅びた人の世に被さってありとあらゆる負の念を圧し煮やす。
 その闇が、一切を生む。光さえも。
 遥か高みのひびから、金色が溢れた。絶える事を知らぬ闇に身を投じ、その崇高な魂は幾度も蘇って新たな世界を興す。
 負い切れぬものを負う二人は時を越え、互いを迎えに行っては救い続ける。夜となり、朝となって繰り返す、死と再生。
 理の全てを悟り、再び全てを忘れてしまう前に――。分け隔てなく注がれる慈しみの中で薄れながら、彼はようやく微笑みを返し、彼女の名を呼んだ。
 ――ソレイユ、と。


 ソレイユ/終 (初掲載:2014/01/08)



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