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 ◆初めに…


 このページにある小説は、「オールドラジオ」という曲を基に書いたものです。
 原曲のイメージを損なわないよう心掛けたつもりですが、あくまで一視聴者による二次創作物です。
 ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

 原曲をご存知でない方は、読まれる前に曲の鑑賞をお勧めします。
 ニコニコ動画のアカウントをお持ちの方は、下記の動画へぜひどうぞ。
 (ご迷惑をおかけしたくないので、動画内での当ページに関するコメントはお控えくださいませ。)

 
 作詞作編曲:うらら様 歌:VOCALOID KAITO(ぴーひゃらP様)



   オールドラジオ


  『荷物を引き取れ』
 死んだらしい父の簡潔な遺言に導かれ、十何年ぶりかに、彼の家を訪れた。
 関心のない人間が遺した物など、僕にとっては無価値でしかない。唯一の血縁者として仕方なく、簡単な片付けだけを済ませて帰るつもりだった。
 そして僕は今、扉の前に立っている。手の中にあるのは、遺言書と呼ぶにはあまりにも粗末な紙の切れ端に添えられていた、小さな鍵。彼と僕しか知らないこの開かずの扉を、開ける事のできる鍵だ。
 しかし本当に『開けてはいけない扉』は自身の内にあったなどと、その時の僕に、どうして予想できただろう――。


 扉の先の部屋は、僕が片付けるまでもなく実にすっきりと整理されていた。余分な一切を取り除く事で、彼は『それら』の存在と意義をより明確なものにしようとしていたのではないかと、後に思う。
 木の棚にぽつんと置かれていた、古ぼけた小さな箱を手に取る。伸縮できるようになっている奇妙な鉄の棒を試しに伸ばすと、どういう仕掛けが働いたのか、箱は不安定に揺らぐ細い声を出し、聞き慣れない言葉の歌を、歌い始めた。奥の隅にある机上にも、これまた仕掛けの分からない、一側面だけ光を放つ箱が置かれている。これらが『機械』と呼ばれる、今は禁じられた技法に基づいて動くものだという事を理解できたのは、まだこの家で暮らしていた幼き日、誰にも話してはいけないという戒めの上で、彼に、教えられていたからだ。教えられた事自体、これまでさっぱり忘れていたのだが――。
 歌う箱を手にしたまま、光る箱に歩み寄る。その机の陰では一体の人形がひっそりと、壁にもたれた状態で座っていた。
 その、幼い頃の僕にそっくりな姿形を見た瞬間――自分の中で閉ざされていた扉の錠前が外れ、ごとりと、落ちた気がした。
 人形に繋がれた箱が、僕の記憶の端とも繋がり、微かな光を灯す。脳裏に映ったのは、無意識に避けていた、忍ぶように見慣れない材料を揃えてはそれらの組立てと分解を繰り返す、彼の背だった。この人形のモデルは間違いなく、当時の僕だ。
 あの時に彼が扱っていたもの、そしてここにある彼の遺品達は、今の世界が『タブー』としている、機械。僕の意識は、そのタブーに対して存在する『不自然さ』へと、向けられた。
 扱う事を禁じられた、この機械という技法に対する興味。
 それと同様に、行く事を禁じられた、『壁の向こう』に対する興味。

 ――過去に、大きな争いがあった。
 ――壁の外では、人は生きられない。

 誰もがそれらを事実として疑わず、語り継がれている以上の事を知ろうとはしない。不自然なまでに。そうだ、それは『知る事』『探求する事』に対しどこまでも貪欲な生き物であるはずの人間としては『有り得ないほど不自然』な事。
 決して触れてはいけないものとする『タブーの認識』は、無意識の上で頑丈な錠前となり、確実に人々の自由な思想を封じている。僕が彼――実の父に対し存在すら忘れてしまうほど無関心だった理由も、父がタブーのものに異様に執着する人間だったためではないかと、この時初めて、気がついたのだ。


 一体どれ程の時間、その場で思案に暮れていただろうか。
 タブーの認識は、何らかの意図で仕組まれ、何らかの力が働いて、それは壁の中に生きる人々に植えつけられているのかもしれないとまで、僕の考えは及んでいた。
 だとすれば僕の父だけが、なぜその例外だった?
 今の僕のように、それが解ける何らかのきっかけがあったからなのか。それとも、元々『仕組む側』にあり、事の全容を知る人間だったから――?
 どういうつもりでこれを作り、僕に託したのかと、眠るように黙して指令を待つ人形を前に、父に問う。
『荷物を引き取れ』という一言だけの、無機質な遺言。無表情な父の死に顔。どうにも感情を湧かす事のできなかったそれらが、胸の内で途端に、この世界にある他の何よりも切実で人間臭いものへと変わる。
 僕は上着のポケットに片手を突っ込んだ。取り出した一発の弾丸は、拳銃による自殺と判定された父の身体から出てきたもの。父の命を奪った元凶。
 いや――本当に『元凶』と呼ぶべきものは、きっとこれではない。
 死を覚悟してまで、父はそれに抗い続けていたのではないだろうか。何かを成すために。
 今となっては、父に関わる事の真偽を確かめる術はなかった。父はもういないのだから。その中で遺された物達だけが、僕に、語りかけていた。


   ***


 歌う箱の声は、壁に近い場所ほど大きく聴こえる事が分かった。壁の外にある何かに対し、反応している。そう踏んだ僕は、宵闇に紛れて壁の前まで連れてきた人形に、それを持たせた。

 ――壁の外には、何がある?

 恐れがなかったと言えば、それは嘘になる。何も詮索しなければ、僕にとってのこの世界は今のまま、優しい顔で安寧を保ち続けるだろうから。
 知らない事は、幸せかもしれない。
 でも知ろうとしない事は、罪かもしれない。
 そんな気がしたのだ。父が死をもって訴えるように託してきたもの。それを見て見ぬふりするなど、僕には出来なかった。
 本当に、壁の向こう側は人が生きられない、隔離された世界なのか。
 それともこちら側こそが、外から隔離された世界なのか?
 自身に留まらず、壁に囲われたこの箱庭の楽園そのものを滅ぼす事になりかねない最大のタブーを自覚しながら、それでも僕は、人形に命じた。

 ――その声が強くなるほうへ――。

 箱の歌や、箱を歌わせているものに、どんな意味があるのかなどは皆目見当がつかない。父の遺していった全てを吟味した上ではあるが、後は、そう目的を持たせる事に誤りがない事を、願うしかなかった。
 分かたれた二つの世界。そこにひた隠されている真実を明かす鍵となり得るため、『こちらの世界では』機械を、禁じられた―。
 それが、僕の至った結論。だから僕は今、『機械の僕』を、外の世界へと送り出す。
 父と僕がそれを通じて繋がったように、断ち切られていた他の全ても、再び繋がる時が来ると信じて。


 無垢で何の感情にもタブーにも縛られることの無いもうひとりの僕は、いともたやすく壁を越え、向こう側へと、消えていった。


 オールド・ラジオ/終 (初掲載:2008/07/13)



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