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 ◆初めに…


 このページにある小説は、「カコノミライとキカイの歌」という曲を基に書いたものです。
 原曲のイメージを損なわないよう心掛けたつもりですが、あくまで一視聴者による二次創作物です。
 ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

 原曲をご存知でない方は、読まれる前に曲の鑑賞をお勧めします。
 ニコニコ動画のアカウントをお持ちの方は、下記の動画へぜひどうぞ。
 (ご迷惑をおかけしたくないので、動画内での当ページに関するコメントはお控えくださいませ。)

 
 作詞作編曲:mayuko様



   カコノミライとキカイの歌


 いつもの夜がやって来ました。そうしていつもの明日がやってくるものだとばかり、彼は思っていました。でも寝て覚めたところは、長い長いトンネルの先のように、彼の知る者も、彼を知る者も、居ない世界でした。
 宇宙の尺で言えば、神様のまばたき1回における、その何百億分の1にも満たないほどの間でしょうか。彼は降りられる筈のない回転――星の観覧車から、どういう訳か降りてしまっていたようです。
 夢の中に響き、彼を優しく揺り起こしたチクタク、チクタク、という軽快な音に耳を傾けながら、ここはまだ夢の続きかもしれないと、彼はぼんやり考えました。だから、寝転がる頭の上から覗き込んできたとても小さなふたつの目にも、さして驚きませんでした。
 身体を起こしてぼうと辺りを見回すと、そこは連なるキカイに囲まれた部屋。色とりどりのライトやモニターやコードに装飾されていますが、それらは塵や埃にくすみ、あちこち切れたままになっています。ころころ跳ね回る電子音は、ところどころ、正しい高さから外れたり割れたりしていました。明滅するほど空回り、賑わいの応答を得られなくなって久しい状況が伺え、彼はその空間に、寂れた遊園地に似た空しさを覚えて止みません。
 誰の気配もないそこで唯一息づいていると感じられたのは、例の『チクタク』を奏でて彼を覗き込んだ、一体のかわいらしいキカイだけでした。
 そのキカイは小回りの利く車輪のアシでくるりと彼の前へ移動すると、彼に細いテを差し出し、語り掛け始めました。心地良い羅列は、残念ながら彼に理解できるコトバではなく、真っ直ぐに見上げて自分を映している円らな瞳に対し、彼はとても申し訳ない気持ちになって、そのテにそっと触れ、おそらくは相手に理解できないであろう言葉で、謝るしかありませんでした。
 するとキカイはコトバを止め、何事かを思考する素振りを見せた後、またくるりとして今度は彼に背を向けました。蝶番が外れかかって傾いた扉へと進んでいくその車輪は、錆と歪みがきているのか、やや滑らかさに欠いて重たいものに感じられます。
 キカイは間もなく、扉の向こう側から1冊の絵本を携えて、彼のところへ戻りました。それは彼にとって遠く懐かしい物語で、『2人はずっと幸せに暮らしました。』の一文で締め括られています。最後のページに描かれたお姫様と王子様の笑顔は、すっかり色褪せていました。
 キカイは、お姫様をユビ差します。次いで同じユビで、彼を差しました。キカイが言わんとしている事を推量して彼は首を横に振り、王子様の方を指差して返します。
 そこに至って、彼は感づきました。この空間について寂れた遊園地、という例えが浮かんだ理由は、ここが、かつて人によって考案された『夢の世界』の、成れの果てだからではないかと。
 もしもそうだとすれば人は一体どこで、夢と目的を掛け違えたのでしょうか。そんな大それた推測をして疑問を生じさせた彼は、しかし不思議なほど穏やかな気持ちでもって絵本のページを戻し、夢の描き始めに、立ち返りました。そして自分の子にするように、キカイに読み聞かせます。
 幸せな結末が約束された物語を、ゆっくりと噛み締めながら読み進めていくうち、キカイは彼の抑揚を、三角や四角をした波形に置き換えたり組み替えたりする事で発音をまね、なぞるように、旋律へと変換していきました。
 時にも言葉にも隔てられた一人と一体を繋ぐ、ひとつの歌がそこに生まれました。


   ***


 それから、再び時が経ちました。彼が以前に星の観覧車から降りていた時間の、そのまた何百億分の1になるでしょうか。その間に、彼が生身のものに出会う事は一度もなく、いわゆる『今』が、自分の生まれた時代の遥か先という事実にも、徐々に納得していきました。
『過去』より贈られた一切の人工物は、人に幸せをもたらすためだけに作られたのものでしたが、それが突き詰められ、辿り着いたのは、肝心の人自体が廃れてしまった『未来』。受け取って喜ぶ者のなくなった『機械』という宝箱には、過去に思い描かれた『幸せ』が、無闇と閉じ込められているのでした。
 宇宙の尺で言えば、それはそれは儚い時間。もはやサビだらけのテと、すっかりしわくちゃな手を繋ぎ、チクタクとした軽いテンポと、トクトクとした柔いリズムに合わせ、彼等は相変わらず歌い、食い違った過去と未来との隙間を、少しずつ埋めていました。
 彼は迷い込んだ夢の果てで、望んだのとは違う結末との出会いを、それでも愛おしいと笑っていました。
 キカイはというと、生まれた時からシアワセでしたが、彼と出会ってから、ページをめくるようにカナシイやサビシイを経て、改めてシアワセになりました。そしてそのカラダが劣化でいつ停止してもおかしくなくなった頃、ひとつの夢を持ちます。

 ――ずっとふたりでうたえたら。

 でも、『ずっと』を夢見た物語のおしまいが今だからと、キカイはその『カコノミライ』をムネに閉じ込め、過去から託された他の全てと一緒に、最期の時まで守ったのでした。


 カコノミライとキカイの歌/終 (初掲載:2012/11/01)



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