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 店の二階はかつて宿として使われていたフロアで、階段を上がると廊下を挟んで四つずつ、計八つの部屋がある。そこで一人一部屋ずつ割り振られて、彼等は各自生活している。
 パーティーの後片付けを終え、全員が二階へ戻って銘々に過ごす時間。カイトは、いちばん賑やかな声が漏れ聞こえるレンの部屋をノックした。返事を待って扉を開けると、中ではレンとリンとミクがトランプで遊んでいた。相変わらず衣類や雑貨が散らかされたそこで、レンは周囲の物を適当に横へ退けてラグに寝そべっている。リンはレンとの間に置いた円筒缶のジンジャーブレッドマンをぽりぽり齧っていた。
「まだ食べてるのか」
 ついさっきたらふく食べた筈なのにと、カイトは呆れる。
「甘い物は別腹だもん」
「苦いのも交じってるけどねー」
 クッションに座るミクはカードを配る手を止めず、入って来た彼に聞く。
「誰かに、何か用事?」
 すると少し言い辛そうに、誰でもいいんだけど、と切り出す。
「メイコに渡しそびれたものを、代わりに、渡して来て欲しいんだ」
 渡して来て欲しい物、とは勿論、先の話に上ったクリスマスプレゼントの事。だが頼まれた彼等は、揃って突っぱねた。
「それはダメ」
 レンが配られた手札を整えながら返す。
「渡し方を考えてなかったんなら、ルカみたいにさっきのパーティーの時に渡せば良かったじゃん」
 リンもレンの手札からカードを一枚引いて、うんうんと頷く。
「そうだよ、用意してあったんなら勿体振らずにさー」
 ミクは困った顔をする。
「みんなの前では渡しにくい物だったとか?」
 リンとレンは『みんなの前で渡しにくいクリスマスプレゼント』について首を捻り、無責任にひらめく。
「わかった、パンツだ」
「赤と緑のシマシマ柄の」
「……違うから、そんな目で見ないでくれないか」
 白い目になったミクに、カイトは弁明の余地を請う。彼女はひとつ咳払いをして改まった。
「何を選んだかはともかく、それはカイトが自分で渡さなくちゃ。そういう約束だから」
 しかしまだ渋る様子の彼に、リンが提案する。
「照れてるの? しょうがないなー、じゃあサンタの格好でもして茶化しちゃえばいいんじゃない」
「そうだ! それならいいものがある」
 そう言ってレンはむくりと起き、脇のがらくたの中から引っ張り出した物を、カイトに放った。


 夜が更けていく。そろそろ空から鈴の音が降りて来る頃だろうか、なんて事を考えながらメイコは自室の机で一人、店の帳簿を付けていた。そのとき部屋の扉がノックされ、返事をする。
「どうぞ、開いてるわよ」
 訪問者が足を踏み入れ、そちらに背を向けて座っていた彼女は振り返った途端、悲鳴を上げて思わず手のペンを投げ付けた。赤地に目鼻口の穴が白く縁取られているプロレスのマスクを被った不審者は、呆気なくダウンする。それがカイトだと気付いて、メイコは逃げた窓際で顔を真っ赤にした。
「びっくりするじゃない! 一体何のつもりよそんなもの被って!」
「サンタになれって、レンに寄越されて……」
 半身を起こし、色遣いだけはサンタクロースと言えなくもないそのマスクを脱ぐと、カイトは俯いてペンの命中した額を押さえる。
「バカ、そんな頓珍漢なサンタはお断りよ」
 立腹したメイコは相手の動機について思慮を巡らす余裕などなかった。ずかずかと寄り、屈んで彼の足元に転がっているペンを拾おうとする。しかし伸ばしたその手を不意に掴まれ、瞬刻固まる。顔を上げる間も与えず、カイトは彼女の手に、ポケットに忍ばせていた細い箱を握らせた。
「――遅くなってごめん」
 告げたのはそれだけ。すぐに立ち上がり、表情を見せないようにしてそそくさと部屋を出て行った。しばらくの間、座り込んだそこで閉まった扉を見ていたメイコは、手中の箱に目を落とす。包装がされていないのは、彼が購入先の店員にすらそれをプレゼントだと言えなかったせい。少し頭の冷えた今なら、そう見当が付いた。片側が蝶番で留められた蓋を開けて、メイコはワインレッドの万年筆に微笑みを零す。
「……ほんとバカね、このくらいの事で――」
 それは、彼に対してだけの言葉ではなかった。
 床のペンは拾わず、机に戻る。椅子に腰掛けた彼女は箱から取り出した万年筆のキャップを外し、帳簿の続きを付けた。


 寝る身支度を整えたミクはベッドの端に座り、今日貰ったスノードームを、もう一度手に取って眺めた。ひっくり返して戻し、舞うきらきらを嬉しそうに眺める。
「寝て起きたらこの街もホワイトクリスマス、だったらいいのにな」
 表の雪にはしゃぐリンとレンを想像してひとり笑い、スノードームを枕元のボードに置いて、そこにある水族館の招待券の重石にする。
 それが願いの叶うチケットだったら、と言った誰かの願いが叶ったとしたら、それを一枚ずつ手にした彼等がそれぞれ秘める願いは、いつか空に聞き届けられるかもしれない。
 ミクはスタンドライトを消し、ベッドに入る。明日を楽しみにしてすぐ眠りに落ちた彼女の部屋の外には、雪がちらつき始めていた。


 Re Quest Xmas/終 (初掲載:2014/01/02)



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