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   或る旅人の手記・叫び

 ※「旅の近況」「チビロボ」 …リクエスト(Twitterより)
 ※「シャウト」 …お題(Twitterより #同題ssボカロ)


 叫んだところで、何になろう。
 頭の中、熱く上せた部分に対して、下に冷たく滞った部分が問う。
 噛み付くように叫びを放っても、それらは暗い水底にへどろを堆積させる、がらくたにしか成り得ないのか。


 闇と万感が迫る、秋の黄昏。土手に上がり、金の川と白の茅の穂がさらさら流れる様を眼下に見る。
 肌寒い風に晒され、茜色の激情を秘めながらも立ち尽くすばかりの自分に落胆する。僕は所詮、この心の小船にとって、差す棹どころか繋ぎ止める杭にしかなれないのだと。旅の途、足こそ日脚の短さに急いて先へ先へと進めているが、こと心に関しては始まりの時から、一体いかほど進められたと言えようか。
 そうした思いを巡らせて眺める川原の縁に、辺りの小石と一緒くたに夕の色に染まる影を見つけた。僕の似姿ながら似ても似つかない性格の、小さくて珍妙な自動人形。この旅唯一の連れだった。水に手を触れて遊んでいるのか、ともすれば川に落ちてしまいそうな不安を覚え、僕はその連れを呼び戻そうとした。しかし聞こえないのか聞いていないのか、いくら呼んでも連れはそこを動こうとしない。
 茅の群れがさざめく。泡立つような穂波に声すら飲み込まれて大切なものを失ってしまう気がして、僕にしては珍しく、衝動のままその場で叫ぶように歌った。
 叫んだところで、何になろう。
 それでも、僕とてそうせずにいられない事もある。
 憂いの闇が寄り添う中、裾を引っ張られて我に返り、歌うのをやめる。足元を見ると、いつの間にか連れが川原から戻ってきていた。何かを手にしているのでよくよく見ると、それは瓶の王冠栓。放られていたのを、どこかで拾ったらしい。へどろに浸かっていたのか端に腐食しているところもあるが、川の水で綺麗に濯がれ、今は入り日の光に煌いている。それを見つめる連れの目も、輝いていた。
 がらくたを大事そうに抱えるこの連れもまた、不要とされた部品の寄せ集めであり、言ってしまえば、がらくただ。そしてそれを見つめる僕は今、一体どんな目をしているだろうかと考える。しかし金ぴかの王冠を誇らしげにかぶって見せてきた連れに対し、凍えかけた頬が緩むのを自身で感じ、ほんの少し、安堵した。
 僕はそんな掛け替えのない、がらくたの連れを拾い上げて懐に押し込むと、また先行きの知れない旅の途に着いた。


 或る旅人の手記・叫び/終 (初掲載:2012/10/22)



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