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   或る旅人の手記3・夢現   画像で表示


 起きている時に居るのが実体の世界だとすれば、寝ている時に居るのは精神の世界なのだろうが、その2つで構築された自己を探る時、起きながらにして精神の世界へ迷い込む事もあるだろう。もっともそのような状態に陥ったとして、現と幻、正常と異常など、世にある全ての定義自体、正当と証明する術は無いので、認知の仕様がないが。
 水を身に持ち、光の中を活動する人間は、やはりそれらの影響を受けやすいのか。月の時雨に遭った時、僕は迂闊にも足をすくわれ、天地を返された。満ちた月は唯一不動の天心より注いで夜の柱となり、それを軸に、空と海さえ入り混じる宙を、魚や鳥が群れをなして二重の螺旋を描く。無数に生まれ出でたそれらが一体どこへ向かうかまでは、先をおぼろに隠されて見届ける事を許されなかった。
 空間や螺旋の『捻れ』は、背反する世界の交点。ともすればどちらからも踏み外して戻れなくなるその危うい場所で、戯れの声を聞いた。その主は月か、はたまたそこに投射した自分自身か。虚が真を問う。それに対し口をついて出た答えが、急速に僕を現実へ引き戻した。
 時雨はもう過ぎていた。月明かりに冴えた道を、今一度歩き出す。再び足をすくわれないように。


歌詞集「ことのおと」 心象の章より
日照雨
水鏡
レーテーの棺



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