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   6.無限の暗礁より


 彼等が突然やって来たのは、それから2日後でした。
 此度はラセフが所属する研究所ではなく、その上位である国際機関本部からの来訪です。説明を飛び越えて上がり込んだ十数名の行動は、警察の捜査に近いものがありました。
「これは、一体どういう事だ」
 あれよという間に自分の部屋を引っ掻き回され、あまつさえまだ気持ちとともに整理をつけられずにいたユディエの部屋にも横柄に踏み入り遺品を漁られて、ラセフは我慢ならず指揮のひとりを捕まえ、問い詰めます。襟足から両脇にかけての髪を短く刈り込んだその男は、腕を掴まれた事で少し乱れた背広を軽く整え直しながら、冷めた口調でラセフの剣幕をいなします。
「コルウイ女史が、本部内のコンピュータを介して惑星制御システムに不正なプログラムファイルを転送し、外部からの接続を遮断させた可能性があるのです」
 嫌疑をかけられている事実とその大それた内容に、ラセフは絶句しました。惑星制御システムとは名の通り、この星のありとあらゆる天体活動を制御するためのものです。半機械化によって形態を維持している星ですから、これにもしもの事があれば、星そのものの存続さえ危ぶまれます。
「近頃の地震は、そのためなのか」
「はい。自然現象の一切も、外部から制御出来なくなっています。システム内の人工知能が、通信ゲートを中枢側から順に封鎖していっている状態です。あれはあくまで微細な問題を蓄積データから類推して自動解決させるためのもので、システムの管理権限を脅かすほどの能力は持ち合わせていません。流し込まれたプログラムがそれを追加し、暴走させたものと我々はみています」
 ユディエの部屋で机に据え置かれたコンピュータを取り囲み、それを調べる者達に目を向けながらラセフは問いました。
「ユディエが、何故そのような事を。何かの間違いではないのか。死んでしまってからもう6日経っている。その障害は一体いつ発生したというのだ」
 男は胸ポケットから手帳代わりの端末機を取り出し、その画面に、事の推移について収録した項目の一部を表示させました。
「件のファイル送信日時が亡くなられた当日である事は、復元した履歴から確認済みです」
 それを読んで、ラセフは再度言葉を失くします。しかし彼を一層驚かせたのは送信日時よりも、そこに併記されている、プログラムファイルの起動日時の方でした。ユディエの墓前でアルアの『ココロプログラム』が起動したあの時と、一致していたからです。
 頭の奥で茫漠としていた『銀の結び目』が、明瞭になりました。ラセフは時限錠となっていたその時計を、ポケットの外から指先で触れます。
 どういう意図か、ユディエはアルアと星のふたつにそれぞれ転送したプログラムファイルを、アルアの誕生日に合わせて同時に立ち上がるよう仕組んでいたのです。その時アルアが得たファイルは、『ココロプログラム』でした。では星の方には、一体どのような類のファイルがもたらされたというのでしょうか。
 ――まさか、同じものを――?
 ラセフは青さめました。それを得た人工知能が、人を拒絶して今、独自の判断で動いているのかもしれないと。
 室内で情報を残していそうな記録媒体を探していた一人が、ラセフの陰で怯えて縮こまるアルアに気を留めました。機械の彼女が持つメモリに目をつけ、横から歩み寄ってその腕を掴みます。小さな悲鳴が上がった事でそれに気づいたラセフは、激昂してその手を叩きのけました。
「アルアは物ではない。そこまでする権利はお前達にないはずだ」
 それでも食い下がろうとした彼を片手で制しながら、男はラセフに告げます。
「確かに。当機関に所属して敷地に居住されるにあたり、問題発生時にこうした調べに応じて頂く事はご承知の通りですが、機械人形に関しては戸別業務の学習による専門性の価値を加味し、1年以上稼動したものは私有財産として特殊な取扱い区分となりますので、我々が所有者の許可なく調べる事は出来ません。――現時点では」
 ついと一瞬向けられた矢尻のような目に、アルアは足をすくませ、ラセフの背にしがみつきました。その不安を負い、彼はひとつの決断を迫られる事になります。



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